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君の名は。「彗星が落ちる当日朝の三葉」が消える矛盾を解釈する

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現在の職業は、フリーター兼ブロガー。これまで接客・非接客合わせて5種類のアルバイトを経験。職場における失敗&成功体験から得られた情報をお伝えしてきます。
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『君の名は。』最大の矛盾、それは、瀧と三葉が最後に入れ替わるシーン。

瀧の魂は彗星が落ちる朝の三葉に入るのに対し、瀧の体に入った三葉は朝の三葉ではなく、彗星落下で死亡した後の三葉です。

では、彗星落下日の朝にいるはずだった三葉の魂はどこに行ってしまったのでしょうか?




多世界解釈とは?

『君の名は。』を理解するには、この映画を “多世界解釈” の理念で捉える必要があります。“多世界解釈”とは、日常の世界を“量子力学”の世界に置き換えて解釈したものです。



ここで日常社会と量子力学の違いを机の上に置いた1個のリンゴ(上写真)で例えてみましょう。写真を見てわかるように、赤いリンゴは当然机の上にありますよね?

ところが量子力学の場合は、リンゴが机の上にあるとは限らないのです。



上の写真のように、リンゴは机の上だけでなく、本の上や床の上に置いてある可能性もあるわけです。量子力学では、机の上に置いてある状態、本の上にある状態、床の上にある状態が同時に存在し、これらの状態が重なり合っていると考えます。

ところが、私たちがスクリーンを通じてリンゴを覗いたとき、3つの状態のうちのどれか1つの状態に収束しています(どれか1つの状態しか見えず、他の2つの状態はわからない)。3つの状態が重なり合っているシーンを見れるわけではないのです。私たちが覗いたとき、どの状態を目撃するかはわかりません。


ここで、『君の名は。』を量子力学の世界に置き換えてみましょう。

この映画は、彗星が落下し三葉も含めた町民500人が亡くなる世界Aと、三葉と瀧が救世主となって町民全員を避難させる世界Bという2つの世界が存在します。

世界Aと世界Bは同時に存在する、言い換えると「生きた三葉」と「死んだ三葉」が同時に存在するのです。しかし、私たちが映画を通して見るのは、どちらか一方の世界です。つまり、『シュレディンガーの猫』と同様の考え方をします。

私たちは、初め世界Aを見ていて、瀧が口噛み酒を飲み世界Bに移行した後は、世界Bの物語を見ることになります。

三葉は死んだの?

しかし、世界AからBへの移行で矛盾が生じます。

口噛み酒を飲み御神体で倒れた瀧の体に入るべきなのは、生きているはずの三葉(惑星落下日朝の三葉)なのに、実際は世界Aで死んだ三葉が入っています。

では、世界B三葉の魂はどこに行ってしまったのでしょうか?


それは、死んだ三葉(世界A)の魂が世界Bへと移動してきたことにより、世界B三葉の魂は “消えてしまった” と考えるのが最も自然です。

もし、世界B三葉の魂と世界A三葉魂が合体するようなことがあれば、「死んだ三葉」と「生きた三葉」が重なり合うシーンを私たちの目で目撃してしまうことになるので、“量子力学の法則” に反しますし、実際の映画でもそんなシーンは描かれていません。


従って、ストーリーは以下のような展開されます。

世界Aで死亡した三葉の肉体は完全消滅し魂だけが離脱し、瀧が御神体を訪れるまでの数ヶ月間、近辺を漂います。数ヶ月後、三葉魂は3年後の世界にワープし、御神体を訪れて口噛み酒を飲んで倒れた瀧の体に入り込み、“三葉魂が入った瀧” として生き返ります。ちょうどそこへ “瀧魂の入った三葉” が現れ、カタワレ時に2人が対面を果たすのです。

その瞬間、2人の魂はお互いに元の体に戻り、入れ替わりが解消します。瀧から街を救う計画を引き継いだ三葉は、テッシーと共に変電所を爆破するのです。

電車(三葉)が終着駅(死亡した場所)から車庫(御神体)に入り、数時間後、車庫(御神体)から始発駅(変電所)に向かうように、三葉のはるばるとした生還が描写されています。



瀧は生きているの?

次に瀧について考察します。

奥寺先輩を残し一人御神体を訪れた瀧は、口噛み酒を飲むことにより、死んだ三葉と共に世界Bへと移行します。

世界Bに移行した瀧の魂は、規則に従えば、3年前の同一日に存在する三葉の体に入らなければなりませんが、彗星落下により三葉の肉体はすでに消滅しているため、さらに数か月前である彗星当日の朝までさかのぼり、まだ生きている三葉(世界Bの三葉)の中に入るわけです。

役割を終えた世界B三葉の魂は、瀧と同様に世界AからBに移行した三葉の魂に取って代わられます。

一方、元々世界Bに存在した瀧の肉体と魂も消滅し、世界Aから移行した瀧に引き継がれたと考えるのが自然です。「糸守で奥寺先輩達と喧嘩し一人別行動した後の記憶がない」というシーンがありますが、この別行動の間に世界Bの瀧は消えてしまうのです。

カタワレ時の翌朝に目を覚ました世界A出身の瀧は、世界B瀧として生まれ変わっています。

その他の人たちは?

三葉と瀧以外の人たちは、世界Aと世界Bの両方に存在します。

つまり、世界Aにいた人たちは、彗星落下により死亡したまま生き返ることはなく、世界Bに存在している人たちは、引き続き世界Bで生き続けることになり、世界Aの自分に取って代わられることはありません。

正確には、三葉と瀧が町民の命を救った時点で世界Aは消滅します。つまり、三葉と瀧以外の世界A住人は、元から存在しません

一方、三葉と瀧だけは世界AからBへと移ったことで、その他大勢とは反対に、世界Bにいた各々が消えるのです(三葉は魂のみ消滅、瀧は肉体・魂共に消滅)。

ここで新たな矛盾が・・・

しかし、ここで新たな矛盾が生じます。

このストーリーは、瀧と三葉が世界AからBに移動する設定になっていますが、これは先に書いた “量子力学の法則” に違反します。

量子力学には、「世界Aと世界Bは互いに独立であり、相互に干渉してはいけない」というルールがあるため、そもそも世界Aの住人が世界Bに移ることがあってはならないのです。リンゴの例だと、机の上にあるリンゴがひとりでに落ちて本の上に乗った状態に移動するようなもので、恐ろしい事態になります。

理想的には、瀧と三葉が世界Bに移動せず町を救えればいいのですが、それではストーリーが面白くなくなってしまいます。

そこで、物語が世界Bに移行したとき、世界Aそのものをなかったことにするのです。世界Aが消えれば、世界Bと干渉することもなくなります。

もちろん、世界Bに移行した瞬間に世界Aを完全に消してしまったら、瀧と三葉が町を救うことができなくなってしまうので、町民全員が彗星被害から逃れた後に世界Aを消滅させます。(世界B移行から惑星落下までの時間は、 “量子力学ルール” に反しますが仕方ないです。)

そうは言っても、瀧と三葉が世界Aで生きていた事実は変えようがないので、記憶だけは全て消してしまうわけです。2人が何度も入れ替わっていたことや運命の夜に出会ったこと、三葉が彗星の落下で死亡したことなど、世界Aで経験した全ての記憶が、瀧と三葉から完全に消去されます。

実際の設定では、町民が助かるタイミングで記憶喪失が起きるのではなく、運命の出会いが終わった後から徐々に記憶が薄れていきます。お互いの名前を忘れ、「君の名は誰!」と叫んでいるシーンがそれです。

世界Aの記憶が消去された後、瀧と三葉は、元々世界Bにいた各々の記憶を引き継ぎます。彗星落下日以前の “世界B瀧&三葉” の記憶がインプットされ、当日については、三葉が彗星落下から町を救ったこと以外の記憶は全て失われます

こうして物語は、この世で唯一2つの世界(世界Aと世界B)を生きた2人が再会を果たすという、感動のラストシーンへと移行するのです。

> 君の名は。ラストシーンが泣ける7つの理由



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